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愛しさと切なさと…(3)
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JUGEMテーマ:日記・一般

 

♪永遠を〜夢見ていた〜♪あの日を〜今〜♪って、また歌いますけど(笑)ほんと歌詞の通り、永遠に続くと思ってたんですよ。平和な時間って。

 

※親の介護の事をブログにしたためてます。

愛しさと切なさと…

愛しさと切なさと(2)…

 

母が病院に問い合わせした数日後、先生に話を聞くために泊まりの仕事から帰ってきました。そして病院で言われた事を改めて私に話をしてくれました。

 

…結論は…

肺にカビが生える真菌症(しんきんしょう)。それと一緒にガン細胞も見つかったという話。

「今すぐって訳じゃないけど…とりあえず、覚悟だけはしておこうね」そう母に言われて、呆然とうなづくしかなかった17歳の私でした。

 

父には言わないという事で母と合意をし、それからはお見舞いに行っても悟られないように、明るく振舞ってました。

…もしかしたら…どんなに辛くてもそれを表に出さず、相手に悟られないように笑顔で明るく振る舞うクセはこの時に身についたのかもしれない…( ̄▽ ̄;)

 

それでも高校2年生の娘が、学校帰りに毎日のように病院にお見舞いに来るので、看護師さん達に「仲良いですね〜」なんて言われてました。

当時、父は65歳だったので、ハタから見ると孫とおじいちゃんに見えたのか「え?娘さん??」なんて驚かれたりもして(^^;)

 

それでもやはり、抗がん剤の点滴とコバルト照射(放射線治療)が始まると、頭髪が抜け嘔吐に苦しむ父の姿を見る事が出来ず、父も弱ってる姿を私に見せたくなかったのか、しばらく落ち着くまで母にもお見舞いを止められてました。

 

この頃は、父が亡くなってしまうんじゃないか…そうしたら母と私はどうしたらいいんだろうか…17歳の自分に何かできる事はあるんだろうか…と漠然とした不安を抱えていたように思います。でも高校生の自分に出来ることなんて何もなくて…自分の無力さが歯がゆかったですね。

あ〜…そうか…「私は役に立たないと存在する意味がない」って決めたのはこの頃なのかもね…(^◇^;)

 

半年ほどすると父は退院して家に戻ってきましたが、完全復活というわけでもなく、家で療養してました。あまり体調もすぐれず、数ヶ月にはまた短期の入院をしたりして、私はずっとハラハラしてたかな…。

 

気がつくと私も高校3年生になっていて、自分の進路を考えなければいけない頃。

私は小学生の頃から「美容師になる」と言っていて、くるくるドライヤー全盛期にあえてそれを使わずロールブラシとしょぼいドライヤーで形を作っていたり、母の白髪染めをやってお小遣いをもらっていたり、美容院で見よう見まねで覚えたブローをお出かけ前の母の頭にやったりと、とにかく美容師になる事ばかりを考えてました。(一度、服飾に進もうかと考えた時もあったけど…w)

 

専門学校に進むのに当然お金はかかるわけで、実際のところ本当にそこに進めるのかという不安もぬぐい切れず。

母と県庁まで出かけて奨学金の事も調べたけど、一年制の専門学校には出ないとか、大学しか対応してないとか。

 

友達は「別に行きたい所とかないんだけどさ〜、とりあえず親がお金だしてくれるっていうし、適当に専門でも行っとこうかなぁ〜」なんて言ってるのに、「私は行きたい所があるのにお金が無いから行けないの??」って悔し泣きをしたら、母が「お金はなんとかするからアンタは行きたい所に行きなさい」って言ってくれて。

 

もうね、同級生はうらやましいを通り越して、ムカつきました(-_-;)

自分が恵まれた環境にいることにすら気がつかず、甘えたこと言ってる人とか、文句ばっかり言ってる人とかね。

 

そうやって周りと自分の違いをまざまざと見せつけられ、大変な状況を乗り越えるために少しづつ強くなっていく。

でもそれを続けて行くと、色んなモノを抱え込んで行くことが当たり前になるんですよね。


友達に話しても理解されない。経験していない人にはこの辛さは分からない。


そんなことを積み重ねていくことで精神的にも大人びていき、誰かに頼るということより自分で何とかしていくことを選んでしまう。


この頃からだんだんそうやって生きてきたんだな〜

 

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23歳の時に末期ガンの父(当時71歳)を、35歳の時には認知症の母(当時78歳)を、そして今現在は夫(51歳)の介護(入院中)の経験をブログにしたためることにしました。

1)愛しさと切なさと…

2)愛しさと切なさと(2)…

介護についての感想やご意見など、コメントまたはレターポットでいただけると嬉しいです(^^)

 

 

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